頸管長15mmと言われて救急搬送になった日|24週3日18mm→25週0日15mm、右側の強い張りから始まった(実体験)

妊娠・出産

こんにちは。双子育児に奮闘中の「はづきママ」です。

妊娠中に「張りが強い」「いつもと違う」「でも受診予定は数日後」みたいな状況になると、判断が難しくて、心がざわざわしますよね。

この記事では、私が25週0日頸管長15mmと言われて救急搬送(転院)になった日のことを、できるだけ時系列で、できるだけ具体的に書きます。24週3日の受診(頸管長18mm)からつながる話なので、そこからまとめます。

大前提:切迫早産や搬送の判断は、週数・病院の体制・赤ちゃんの状態で変わります。この記事は医療の正解を断定するものではなく、「私の場合こうだった」という記録です。最終判断は必ず主治医・病院の指示が最優先でお願いします。

この記事でわかること

・24週3日(頸管長18mm)→25週0日(15mm)の時系列
・「症状が出ているうちに受診」と言われた経緯(電話〜受診まで)
・救急搬送が決まったときにその場で起きたこと(点滴/NST/書類など)
・搬送先の最初の半日に受けた評価(エコー/NST/採血/説明/安静度指示など)
・このあとの生活:双子の管理入院(25週〜)の1日ルーティン
【DD双子】管理入院はいつから?|25週で入院になった理由と1日の流れ(実体験)
・全体像:双子妊娠から出産までの流れ(切迫早産〜35週の緊急帝王切開)
双子妊娠から出産までの流れ|切迫早産・管理入院・35週の緊急帝王切開(実体験)

24週3日:頸管長18mm。でも張りの指摘はなく「自宅で安静」

まず前提として、私は24週3日の受診で、すでに頸管長が18mmと短くなってきていました。

ただ、その時点では「張りが強い」などの指摘は特になく、先生からは自宅で安静の指示でした。頸管が短いこともあって、1週間後にもう一度受診して経過を見よう、という話になっていました。

私の中では「次の受診がある。そこまで安静にしていれば大丈夫…かな」と思いながら、ベッド中心の生活を続けていました。

25週0日:朝から少し張り。右側の“今までにない強い張り”が来て、16時ごろにもう一度

25週0日の朝から、「ちょっと張るな」という感覚はありました。基本はベッドの上で横になって過ごしていました。

でも、途中で右側に、今まで感じたことのない強い張りが来ました。一瞬おさまったので、「とにかく横になっていよう」と思って、引き続き安静にしていました。

ところが16時ごろ、また同じように強い張りを感じて、そこで一気に不安が大きくなりました。

「木曜に受診があるから、それまで待ってもいいかな」という気持ちも少しはありました。でも、もう一度強い張りが来たことで、私の中では“待つ”が怖くなってしまって、病院に電話することにしました。

病院に電話:木曜の診察を早めたい→看護師さんが「症状が出ているうちに病院で見た方がいい」

電話では「木曜の診察を早められませんか」という相談のつもりでした。

でも対応してくれた看護師さんが、「強い張りなどの症状がちゃんと出ているうちに、病院で見た方がいい」と判断してくださって、急きょ受診することになりました。

私はそこでタクシーを呼び、病院へ向かいました。ここは今でも覚えていて、タクシーに乗った時点で「大げさかな…」と「でも怖い」の間を行ったり来たりしていました。

受診:経膣エコーで頸管長15mm。数日でさらに短くなっていて「この先が読めない」

病院に着いて受診し、経膣エコーで頸管長を見てもらいました。前週の受診では短めではあったものの、この日は15mmまで短くなっていました。

先生からは「15mm=今すぐ分娩」と断定されるわけではないけれど、かなり短くなってきている、このままいつゼロになって子宮口が開いて分娩につながる入口になるか分からない、という説明でした。

この説明を聞いた瞬間に、私は自分の中で「今日、状況が変わる日なんだ」と感じました。ここから先は、頭が追いつかないまま、現実だけがどんどん進んでいきます。

「近くの病院に搬送しましょう」:NICUはあっても、受け入れは32週以降

先生から「搬送しましょう」と言われました。

私がいた病院にもNICUの設備はあるそうなのですが、設備(体制)の都合で、受け入れできるのは32週以降の地域周産期センターという位置づけでした。

そのため、22週以降の赤ちゃんを受け入れられる周産期の総合医療センターへ搬送することになりました。

ここは“自分のせい”みたいな気持ちになりやすい場面ですが、私があとから思ったのは「ここで頑張る/頑張らない」ではなく、受け入れられる体制がある場所に切り替えるという意味だった、ということです。

搬送先を探す間:先生たちが電話をかけまくる→私は車椅子で処置室へ

ここから急に現場がバタバタしました。先生たちは「搬送先が見つかるか」を確認するために、急いで電話をかけ続けていました。

その間に看護師さんが「上の処置室で処置しましょう」と言って、車椅子を持ってきてくれて、私は車椅子に乗せられて移動しました。

このあたりから、私の体感はずっと「何が何やら…」です。判断も準備も、全部が“現場の流れ”で進んでいきます。

処置室:分娩台に乗せられて、点滴確保・NST装着。リトドリン開始

処置室に着くと、急に分娩台(処置用のベッド)に乗せられました。

そこで行われたのが、

  • 点滴ルート(静脈確保)
  • NST(お腹に機械をつけて、張りと赤ちゃんの心拍を見る)
  • 酸素の測定などのモニタリング

そして、「搬送中に、張りが強まって分娩につながらないように」とのことで、私の場合はリトドリンの点滴が始まりました(薬剤名は病院から説明されて、私はそこで初めて“張り止めってこういうことなんだ”と現実味が出ました)。

周りのスタッフさんがNSTの波形や点滴の様子を確認している中で、搬送先が決まり、私は救急車のストレッチャー(担架)に移されて、救急搬送になりました。

救急車:母も乗れないくらいの状況。私は初めての救急車で、サイレンの中で基本情報を答え続けた

救急車に乗ったのは、生まれて初めてでした。

もともと母が付き添ってくれていたのですが、状況的に母も同乗できない感じで、「お母さんは後でタクシーで来てください」という形になり、とにかくバタバタした搬送でした。

救急車の中でも、酸素の測定や点滴を続けたままです。救急隊員の方から、

  • 私は誰か(氏名などの基本情報)
  • どこに住んでいるか
  • 赤ちゃんは何週か
  • 妊娠の状況(双子であることなど)

といったことを確認され、私はサイレンの音の中で、それに答え続けました。自分の体は横になったままなのに、現実だけが“別のスピード”で進んでいく感じがして、怖かったです。

搬送先に到着:経膣のチェック+NST+点滴チェック+書類。手が震えながらサインを書いた

搬送先の病院に着くと、そこでもすぐに確認が始まりました。私が覚えている範囲でいうと、

  • 経膣での頸管のチェック
  • NSTをつけたまま、赤ちゃんの心拍と張りの確認
  • 点滴(ルートや量など)のチェック
  • 私の基本情報・連絡先(もしもの時、誰に連絡するか)
  • これまでの病歴や指摘事項がないか、などの記入

このタイミングで、私は点滴の影響なのか(緊張もあったと思いますが)、

  • 動悸(ドクドクした感じ)
  • 顔や体が熱くなるような火照り
  • 手の震え

が強く出ました。手が震える中で、自分の情報を書いたりサインをしたりするのが本当に大変で、文字がカタカタになったのを覚えています。

「これ、緊張で震えてるの?点滴で震えてるの?」と頭の中がぐるぐるしていました。でも書類は進むし、確認は続くし、正直ここが一番しんどかったです。

病院の方針:「張りはそこまで強くない」→リトドリンは一旦終了で外す。個室へ移って1週間様子見

搬送先は22週以降の症例を多く見ている病院ということもあって、ベテランの先生が診てくれました。

その先生の見立てでは、「張り(陣痛)がそこまで強いわけではない」という判断で、救急搬送中に入っていたリトドリンは、搬送時の分が終わったらいったん外す(いったん離す)方針になりました。

赤ちゃんにも「今すぐ苦しい」サインはない、ということで、私は個室に移って、まずは1週間、張りと様子を見ましょう、という方針になりました。

その日は夕方から一気に動いた日で、気づけば20時近く。体も気持ちも、完全に使い切っていました。「今日1日が長すぎる」と感じたのを覚えています。

その後の“管理入院中の1日の回し方”は、別記事にまとめました。
【DD双子】管理入院はいつから?|25週で入院になった理由と1日の流れ(実体験)

この日の私が救われたこと:全部を理解しない。最低限“3つだけ”整理する

私は、不安が強いと説明が頭に入らなくなるタイプで、「全部理解しよう」とするとパンクします。だからこの日は、“全部理解しよう”というより、最低限だけ整理する、に切り替えました。

  • 今日の振り返り:搬送になった(そして入院になった)
  • いま一番の問題点:頸管が短く、次の変化が読めないこと
  • 今後の予定:まずは個室で1週間、張りと状態を観察する

これだけ分かると、頭の中が「怖い」だけで埋まらずに、「じゃあ今は休もう」に切り替えられました。

まとめ

  • 24週3日で頸管長18mm。張りの指摘はなく自宅安静、1週間後に再受診予定だった
  • 25週0日、右側の今までにない強い張りがあり、16時ごろ再発→電話相談→急きょタクシー受診に
  • 受診で頸管長15mm。今後が読めないため救急搬送(22週以降受け入れの周産期センターへ)
  • 処置室で点滴確保・NST・リトドリン開始→救急車で搬送
  • 搬送先では経膣チェック/NST/点滴チェック/書類。動悸・火照り・手の震えが強く出た
  • 「張りはそこまで強くない」見立てでリトドリンはいったん外し、個室で1週間様子見の方針に

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