こんにちは。双子育児に奮闘中の「はづきママ」です。
この記事は、私が当時つけていた日記を見返しながら、兄・弟がNICU/GCUを退院して家に帰るまで(2024/6/24〜2024/7/27)を、日付順にまとめた「日記みたいな記事」です。
だらだら書いているところもありますが、ぜひ見てください。
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【NICU・GCU】退院が近いサイン7つ|体重・哺乳・呼吸…親の準備チェックリスト(実体験) - 退院後1週間の現実(寝ない・授乳・不安の回し方)
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双子の予防接種の当日チェックリスト|シナジス同日(注射4本+経口1)を乗り切る段取り(実体験)
日記(6/24〜7/27)
6/24(月)出産当日:ここからNICU/GCU通いが始まった
この日は35週0日。朝のエコーでは「右2406g/左1551g」と言われていて、左(弟)が数日でぐっと増えていたのが素直にうれしかった。
でも、NST中に弟の心拍が下がる場面があって、空気が変わった。医師の説明を聞くうちに、その日のうちに緊急帝王切開になる流れが固まっていった。
血小板が低めだったので麻酔の判断もあり、赤血球の輸血はなし・血小板を輸血して採血→脊髄麻酔で進むことになった。頭では分かっていても、気持ちが追いつかないまま、準備がどんどん進んでいく。
私の血管が細くて点滴ルートが入りづらく、細いルートは3回トライして手の甲でようやく点滴のルート確保ができた。正直ここがかなり痛くて、すでに心が折れそうだった。
手術室に入ってからの脊髄麻酔は「チクッ」くらいで、足元からじわっと温かくなって効いていった。緊張と恐怖で身体は震えていたけれど、看護師さんや麻酔科の先生が絶えず声をかけてくれたのが救いだった。
- 15:00ごろ 手術開始
- 15:11 兄 誕生(2040g)(44.0cm)
- 15:13 弟 誕生(1230g)(38.5cm)
- 16:00ごろ 手術終了
2人ともすぐ産声を上げてくれて、処置のあと私の顔の横に連れてきてくれた。触らせてもらって、写真も撮ってもらえた。あの数分が、この日いちばんうれしかった。
術後は子宮収縮・血圧・体温・出血の確認とナプキン交換が夜中まで続いた。痛みは切開部より、後陣痛(重い生理痛みたいな痛み)がつらかった。
「生まれたのに、すぐ一緒にいられない」。頭では分かっていたのに、現実は想像以上に寂しかったです。
私はこの日から“我が子に会いに行く日”になりました。
緊急帝王切開当時について詳しくはこちらにまとめています。
【双子妊娠】35週で緊急帝王切開になった理由|NSTの心拍低下で何が起きた?当日の流れ(実体験)
6/25(火)初めての面会(車椅子):触れられただけで泣いた
16時前にパパが面会に来てくれて、看護師さんに車椅子で連れて行ってもらい、初めて双子のところへ。
2人は隣り合わせで、ヒーター付きの開放型保育器に入っていた。兄は呼吸が安定せず鼻に呼吸器とミルクの管、弟も鼻に呼吸補助とミルクの管。触っていいですよと言われて恐る恐る触ったら、あたたかかった。
私は、この日は歩行練習が始まり、自力トイレもスタート。排尿の痛みが想像以上で息ができないほどで、正直かなりきつかった。夜には痛み止め点滴が外れて少し身軽になりました。
主治医の話では手術の出血量は多くなく、血小板は8.1万。弟の胎盤は兄の半分くらいだったらしく、発育不全の原因として“胎盤の差”とのこと。
夜は骨盤と背中の激痛でナースコール。たまたま主治医が当直で診に来てくれて、痛み止めのタイミングなどを調整した。母乳はまだ開通せず。
6/26(水)兄がNICUからGCUへ:姿が見えず号泣
母乳の開通がなく、自動搾乳機を開始した。3〜4時間ごとを勧められて、出なくても回数を重ねたら、明け方に右乳だけ数滴出た。ほんの数滴でもうれしかった。
夕食後、双子の面会へ初めてママひとりで行った。NICUで弟が黄疸治療中の姿を見た瞬間、産後メンタルなのか涙が止まらなくなった。
昨日まで隣にいた兄が見当たらずさらに泣いていたら、GCUへ移動したと案内された。兄は体温調節や呼吸が安定してきたらしく、今日からGCUで洋服を着ていた。気持ちが追いつかないまま、抱っこもさせてもらった。私は「やっと“できること”が増えてきた」と感じました。
兄はミルクも試したけれど、飲もうとすると呼吸を忘れるらしく、途中でチューブ中心の形に切り替え。生後2日目でできないのが当たり前だと分かっていても、胸がぎゅっとなった。
産後は本当にメンタルの浮き沈みが激しく、我が子を見るだけで涙がぽろぽろとこぼれ落ちました。今でも不思議でたまりません。
22時ごろパパが来て、また一緒に面会へ。デジカメで初めて2人の写真を撮った。パパも兄の初抱っこにチャレンジして、緊張しながらも抱けていた。
6/27(木)初おむつ替え・初抱っこ:母乳を初めて渡せた
明け方の搾乳で量が増え、両乳合わせて20mlくらい取れるようになってきた。母乳をシリンジで取ってもらい、初めて兄に母乳を渡せた。兄は無呼吸発作があるので、鼻チューブから注入。
兄は低血糖の点滴がなくなり、ミルク管は口から鼻へ変更。少しずつ身軽になっていくのがうれしかった。夕方は初めて“おしっこのおむつ替え”をサポート付きで実施した。お腹が空いてギャン泣きされたけど、逆に「生きてる…!」と安心した。
弟は黄疸の数値が行ったり来たりで、ライト治療が続いた。検査の合間に初抱っこ。見た目は細いのに意外とずっしりして、温かくて、私は何度も「かわいい」と言っていました。昨日からおしゃぶり(吸う練習)も始まっていて、今日はよく吸っていた。
夕方、看護師さんが気を利かせてくれて、弟の隣に兄を連れてきてくれた。2人同時に泣いたり交互に泣いたりして、私はテンパった。
夜にパパが面会に来て、兄のおむつ替え(初うんち)と抱っこをしてくれた。搾乳の量も回数を重ねるごとに増えていく。入院中は3時間ごとのミルク時間に合わせて動くから、部屋でゆっくりする暇はないけど、この期間は私にとって大事な回復と練習の時間でもあった。
6/28(金)無呼吸の説明:不安と向き合う日
この日は「胎盤を病理に回している(結果は1か月健診で聞く)」と説明があった。胎児発育不全は原因不明が多いけれど、母体の感染症などは今のところ見当たらず、弟の胎盤が兄の半分くらいだったことから、私は“胎盤の差”が大きかったのかもしれないと思った。
兄は無呼吸発作が定期的にあり、鼻チューブからのミルクがメイン。早産児の一定割合で起き、正期産ごろに安定してくることが多いので、まずは2〜3週間様子見。落ち着かなければ薬も検討、という説明だった。
この日、昼に抱っこしながら初めて兄に母乳を哺乳瓶で少しあげられた。さらに夕方、初めて直接母乳も少し飲ませることができて、私は本当に感動した。無呼吸が心配な時期だからこそ、「吸ってくれた」という事実が胸に刺さった。
夜はおむつ替えをして、体調が落ち着いていたので、抱っこしながら母乳を鼻チューブから注入。注入後も落ち着いていて、しばらく抱っこできた時間が幸せだった。
酸素値が90を切った時の見方(肺が動いているなら様子見、動いていなければ足の裏に強めに刺激)も教えてもらった。
弟は黄疸治療が終わり、鼻の酸素補助の値を少し下げる話をされた。夕方は弟も初めてのおむつ替えと体温測定をさせてもらえた。
兄のミルクは1回33ml、弟は1回15mlくらい。数字が増えていくのが、当時の私の支えでした。
母乳は右が20ml弱、左が10ml強出るようになってきて、助産師さんからは3時間おきの搾乳を意識するように言われた。
別記事で哺乳瓶で飲めたときについてまとめています。
経口哺乳(哺乳瓶)を始める目安と、親が確認したこと|初めて飲ませた日(実体験)
6/29(土)哺乳瓶練習:“本格スタート”した日
兄は哺乳瓶の練習を本格的に開始した。最初は5口から様子見し、少しずつ時間を伸ばして呼吸状態を確認する、という進め方だった。この日は3回ほど哺乳瓶であげて、無呼吸発作を起こさず上手に飲めたと聞いた。飲む途中で呼吸の休憩も入れられていて、私はその報告だけで救われた。
弟は体温調節ができるようになり、保育器のヒーターが止められていた。黄疸の数値は基準値に達していなかったけれど、上がり幅の傾向から念のため光線治療。体重は1240gで、すでに出生体重を超えていた。
この時期の体重測定は、生後5日目までは毎日、それ以降は男の子は月水金になると教えてもらった。
助産師さんから退院指導(母乳・健診・産後ケア)もあり、早産の場合は母子同室を経験していない分、GCU卒業の日に産後ケアへ行く人が多いという話も聞いた。
6/30(日)兄が母乳12ml:「できた」が増える
授乳前後で測って、兄が母乳で12ml飲めました。ほんの少しの数字なのに、私はすごく嬉しくて、帰り道で何度も思い出していました。
7/1(月)ママ退院:家に帰っても、心は病院に置いてきた
この日、私は退院して帰宅。家に戻っても気持ちは落ち着かなくて、搾乳の時間を回しながら「今ごろミルクかな」と考えていました。面会では、兄1928g、弟1274g。午後は兄の沐浴をパパと見学して、私は“退院=終わりじゃない”を改めて実感しました。
7/3(水)弟がNICU卒業からGCUへ:洋服デビューにびっくり
この日は冷凍母乳を届ける日で病棟に着いてすぐ、驚くことを聞いた。今日から弟がNICUを卒業して、GCUに移っていた。メッセージカードを見ると、昨日(生後8日)に保育器を卒業してコットへ移動したらしい。うれしいのに、気持ちが追いつかない。こういう“嬉しいのに胸が苦しい”が、NICU・GCU期には何度も来る。
弟はまだ酸素補助が付いているから兄とは別の場所だけど、点滴は外れていた。泣き声も少しずつ力が出てきていて、「近日中に哺乳瓶でのミルク練習を始める予定」と聞いた。
- 弟:体重 1328g、ミルクは1回あたり26.6ml
16時、弟を初めて長めに抱っこした(1時間くらい)。前より少しだけ“肉付き”が増えた気がして、腕の中の重みがうれしかった。
兄は哺乳瓶で飲み干す時と、疲れて経鼻と併用する時があるみたい。でも日に日に飲むのが上手くなってきている、と聞いた。16時は抱っこしながら経鼻ミルク。19時は1回あたり40mlのところ、30mlくらい哺乳瓶で飲んだとのこと。途中少し吐き戻したのが怖かった。ゲップはまだ上手くできない。
体重は1978g。数字が増えるのはたしかに嬉しいのに、吐き戻しひとつで心臓が縮む。前進と不安が同じ日に同居する。
22時の面会はパパと一緒に。パパは兄のおむつ替え(うんち)、弟の初抱っこ、弟のおむつ替えまでしてくれた。ミルク後、パパが抱っこしていたら大きな音がして、見てみると大量のうんち。大変なのに、なぜか少し笑えて、張り詰めていたものがほんの少し緩んだ夜だった。
別記事でNICUからGCUに移動についてまとめています。
NICUからGCUに移る目安と、親が確認したこと|冷凍母乳を届けたら“お引っ越し”していた日(実体験)
7/7(日)パパが弟に初めて哺乳瓶:兄は無呼吸発作が出る
13時〜14時半、パパと面会へ。
兄は、私たちが着く前にギャン泣きしていたらしく、看護師さんにミルクをもらった直後だった。哺乳瓶でしっかり飲んで、疲れ切ったみたいで爆睡。NICU・GCU期は「飲めた」が嬉しいのに、その裏に「疲れた」もセットでついてくる。
弟は起きていた。パパがおむつ替えをして、初めて弟に哺乳瓶でミルクをあげた。まだ練習開始したてだから、休憩を挟みながらのペース。でも弟は呼吸を整えながら飲んでいて、私は驚いた。
この日は初めて動画も撮った。あとから見返せるように残せたことが、私にとって大きかった。こういう“小さな初めて”が、退院へ向かう道のりを作っていくんだと思った。
兄を抱っこしたい気持ちもあったけれど、気持ちよく眠っていて迷った。パパが抱っこしたがっていたので、私が搾乳している間に抱っこしてもらうことにした。
ただ、搾乳から戻ったら兄はコットに寝ていて、抱っこの途中で首が詰まったからか無呼吸発作が起きて回収されていたと聞いた。最近は落ち着いてきているとはいえ、まだまだ「安定しない」を突きつけられる。心配がゼロになる日は、まだ先だった。
7/10(水)弟の酸素が外れた日:嬉しさと怖さが同時に来た
12時半〜14時に面会へ。
2人とも午前中は哺乳瓶で全部飲めたと聞いた。さらに弟は、今日の10時から酸素補助が外れていた。苦しくなるサインが出たらまた付けるけれど、今のところ落ち着いている、とのこと。うれしいのに、浮かれすぎないように自分の心を整えた。
兄のおむつ替えをして、お腹が空いて泣いていたから授乳。途中1回無呼吸発作が起きたけれど、30mlも飲めた。寝ているようだったので授乳を終えたら泣き始めて、残りは看護師さんに哺乳瓶で飲ませてもらった。
そしてこの日は週1のK2シロップの日。おしゃぶりをしていたタイミングで、兄に看護師さんがシロップを飲ませたら咽せたみたいで、酸素値が50まで下がり、20分ほど安定せず先生に診察してもらった。レントゲンを撮るも特段肺は問題なく、一旦うつ伏せで様子見。今のところは、経口哺乳をやめたり酸素補助を付けたりする判断はなし、という流れだった。
弟の酸素が外れたという前進の直後に、兄のことで一気に不安が戻ってきた。最近安定してきていると思っていたのに、呼吸がふらつくと本当に怖い。「弟のため」と分かっていても、早めに出産になったことへの申し訳なさが一瞬よぎってしまった。
- 兄:体重 2262g(+102g)、ミルク 1回あたり45〜51ml
弟もおむつ替えをして授乳を試したけれど、お口のサイズと合わず継続して吸えない。乳首カバーを付けても2mlほどで、残りは哺乳瓶で飲めた。授乳できなかったのは悔しかったけど、私は「この子はこの子のペースで進んでる」と思い直しました。呼吸もしっかりできていて、見ている限りでは兄より上手に飲めているように感じた。相変わらずゲップは出にくい。
- 弟:体重 1537g(+111g)、ミルク 1回あたり31〜38ml
別記事で酸素が外れたときについてまとめています。
NICU・GCUで酸素が外れる目安と、親が確認したこと|外れた日にK2シロップで咽せた話(実体験)
別記事で哺乳瓶で飲めたときについてまとめています。
経口哺乳(哺乳瓶)を始める目安と、親が確認したこと|初めて飲ませた日(実体験)
7/24(水)生後1か月:授乳78mlで看護師さんと「!?」
12時〜17時に面会。今日で1か月で、2人とも出生時ぶりに頭囲から身長まで測ってもらいました。兄は2890g・46.6cm。弟は2264g・44.6cm。写真は2人とも真顔で、私は思わず笑いました。
そしてこの日、私は初めて「眠って乳首を離す」兄を見ました。授乳前後で測ったら、なんと78ml。周りの看護師さんと私で「!?」ってなって、私は思わず「そりゃ寝るわ〜」と笑ってしまいました。途中、左から右に変えたら、いびきをかいて寝ていて、私はその顔が可愛すぎて何度も見返しました。
午後は2人の沐浴。兄はお湯の中では気持ちよさそうなのに、服を着せるところでぐずるのが“いつもの流れ”。弟は珍しく服を着せる間も落ち着いていて、「今日はご機嫌だね」と私は何度も声をかけました。15時前から兄がお腹空いてギャン泣きで、看護師さんと一緒に頭を抱えたのも、この日の思い出です。
退院後の授乳はどっちにあげたか分からなくなるから「日ごとに交代すると混乱しにくい」と教わりました。私はこのアドバイスに、後で何度も助けられます。
7/27(土)退院日:お迎え準備で大慌て→いよいよ双子育児スタート
待ちに待った兄・弟の退院日。弟にこんなに早く退院許可が出ると思っていなくて、私はパパと一緒にこの数日間、大慌てでお迎え準備をしました。
病院で10時のミルクタイムに授乳とミルクをして、通院やお薬の説明へ。弟はこの日もカフェインを飲んでいて、ミルクは65ml→80ml。うんちは綿棒浣腸で出せた日でした。兄は母乳(左5分・右15分で55mlなど)とミルクを組み合わせて、すでに“家のリズム”を作り始めていました。
説明が長くて病院を出る前に兄が少しぐずり、私はタクシー移動が心配でした。でもおくるみのおかげか2人ともスヤスヤ。初めてのお外は、2人とも眩しそうでした。
家に着いたら、すぐ次のミルクタイム。病院では調乳されたものが出ていたので、初めてのミルク作りはパパが試行錯誤。私は隣で見守りながら、「いよいよ始まった」と震えました。双子育児のスタートです。
この1か月で私が救われたこと
- 面会はできるだけミルクの少し前に合わせると、おむつ替え・抱っこ・授乳が対応しやすい。
- 「飲めた量」が見えると心が落ち着く。授乳前後の計測や、哺乳瓶のmlは遠慮せず確認した。
- 兄弟でも得意・苦手が違う。私は比べそうになるたび、「今日できたこと」を1つだけ数えて帰るようにした。
(補足)治療や退院条件は病院や赤ちゃんの状態で変わります。気になる点は必ず主治医・看護師さんに確認してくださいね。
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